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幡地隆寛が語る 現在地×未来予想図

スポーツ観戦において、観客が心を躍らせる瞬間は、誰が見ても驚嘆に値するスーパープレー。ゴルフの場合は、同伴プレーヤーを唸らせるビッグドライブ、カップに直接ねじ込むチップインショット、ラインを読み切った超ロングパット、などが挙げられるが、プロ4年目を迎えた幡地隆寛は、まだツアーでの目立った実績はないものの、ギャラリーに高揚感をもたらす要素をすでにひとつ有している。

長身を利した“圧倒的な飛距離性能”を持ち、海外ツアーでの活躍を期待させるスケールの大きさから“知る人ぞ知る大器“として紹介されることもしばしば。身長188cmで男前。今後のゴルフ界を担うスター候補として注目すべき有望株であることは間違いない。

2019年は、国内男子ツアー、AbemaTVツアー(下部ツアー)を転戦しながら、飛躍を目指す立場だが、彼の歩んできた足跡と、将来目指す姿について話を聞いた。

ゴルフを始めたキッカケと、プロゴルファーへの思いが芽生えた時期を教えてください

父の趣味がゴルフで、兄、姉と一緒に練習場へいったときに、僕が一番下手だったんです。それが悔しくて、ムキになっちゃって(笑)そのあとにショートコースにつれていってくれて、すごく楽しくなってどんどんハマっていきました。父はグレッグ・ノーマンがすごく好きで、プレーの録画ビデオをたくさん持っていました。それを見て“こういう球を打ちたいな”と思うようになり、自分から“プロになる”と言いましたね。小学生5年生に上がる前だったので、始めて半年くらいの時期です。

中学、高校時代を振り返ってみると?

中学は地元・広島の公立校で、ゴルフ部がなかったので、野球のシニアリーグに入っていた子たちと同じ帰宅部に入り、練習に向かう日々でした。高校も最初は県内を希望していましたが、学業とゴルフの両立が上手くできる選択肢がなかなか見つからなかった。そんなとき、中学3年で国体に出場した際に、岡山県作陽高校の監督さんに「進路は決まっているのか?」と誘っていただきました。その年の作陽女子ゴルフ部は、全国大会で団体優勝をしていました(※藤本麻子、東浩子らを擁して初優勝)。そこで男子部も強くしたい!という流れのなか、本格的に部活として活動することになり、僕は第一期生のような形で入りました。

県外に出て、親元を離れましたが、たまに帰省していたのでホームシックになることもなかった。高校時代は成長していたとは思いますが、3年間の間はあまりその実感を得られることはなかったですね。

高校卒業後は強豪・東北福祉大へ。大学へ進んだ理由は?

僕らの世代は、大学へ進学せず、プロ転向を目指してQTを受けるのがブームの時期でした。周りもその流れに乗っているケースが多かったですが、自分のなかでは、すぐにQTを受けるイメージができなかった。“この状態でプロ入りしても意味がないのかな”って。

高校時代は“あまり成長の実感がない”といいましたが、予選会を受けたり、ジュニア大会の結果によって、国内男子ツアーの推薦枠を頂けたりしていたので、ツアーのレベルの高さはわかっていました。“現時点で通用する場ではない”と考えたときに、お世話になっていた方と、大学の監督が古くからの知り合いだった関係もあり、東北福祉大を選択しました。

高校時代に出場したプロツアーで感じたことは?

ジュニア大会で優勝すると“自分はトップクラスの選手だ!”って錯覚しちゃいますが、ツアーでは自分より実力が上のプロたちばかり。感覚でいうと…自分のその当時のナイスショットが、周りのプロからすれば60点以下…そういう雰囲気を感じていました。僕の全力プレーをプロは半分以下の力で出来るというか…。

こっちが必死に回っていても思い通りにスコアメイクできないのに、周りを見るとみな涼しい顔をしている。“慣れもあるのかな?”とも思いましたが、やっぱり、いまの自分がこの舞台で戦っても意味がないと思いましたね。

明確に差を見せつけられた高校時代を経て、大学時代で成長したと思える部分は?

まず、先輩には松山英樹さんという存在がいた。松山さんがいるのは合宿と試合のときだけでしたが、ほかの先輩方も、同年代も、入ってくる後輩もみな“プロ予備軍”の実力者ばかり。試合経験を見ても“ほぼプロ”のような選手が多かった。そのなかで、食らいついていくではないですが、同じ環境で戦い、“周りよりも上手くなりたい”と思ったりしながら合宿や試合を経験していくなかで、大学3年時に『日本オープン』へ出場できることになりました。

高校生以来の久々のツアー出場で、本来なら緊張するところですが、すごくリラックスした状態でいられたんです。『日本オープン』はアマチュア出場枠が多く、東北福祉大から10名くらい出場していたのも要因だと思いますが、高校時代と比べて“敵わないな”という感覚はほとんどなく、プロの空気にのまれることもなかった。東北福祉大ゴルフ部で周りの選手たちと切磋琢磨するなか、メンタル面の強さが自然と染みついていたのかもしれません。

大学時代に特に意識していた選手はいますか?

合宿で同じ部屋だったことが多く、よく一緒に行動していたのは、同級生の佐藤大平。2018年『AbemaTVツアー』で賞金王を獲った選手で、大学時代は彼がキャプテン、自分が副キャプテンという関係でした。彼は、僕の欠点であるショートゲームがすごく上手いプレーヤーで、成績面の比較というよりも、技術的な視点でよく観察していましたね。

いまでもたまに連絡しますけど、自分たちの将来像の話などはあまりせず、ゲームの話が多かったり…もともと僕はゲーム大好きっ子なので、会社のオフィスに来たりしたら“うぉぉー”ってすごくテンションが上がります(笑)

私生活とプレー中を比べて、性格は変わりますか?

あまり変わらないと思いますね。ゴルフを長年やってきたせいかもしれませんが、たまに自分が発言したことを忘れていることがあるらしいです(笑)ゴルフは“ミスしたときに、いかに次にプレーに切り替えられるか…”が重要なスポーツですが、それが私生活にもおよんでいるようで。

小さい頃は遊びに行ったらよく怪我をして帰ってきていましたし、周りからは“おっとりしているね”とかいわれます。自分ではちゃんとしているつもりですが、体が大きくても“ナヨナヨしている”と言われることがあるので、誰が見てもカッコいいと思うような大人…男気のある紳士になりたいですね(笑)

プロ3年目の2018年は『AbemaTVツアー』にフル参戦。初のツアー転戦から得たことはありますか?

2015年12月のプロ転向後、2016~2017年の2年間は、一年を通して試合に出ることができませんでしたが、2018年は『AbemaTVツアー』出場がルーティン化できていたので、いろいろな発見がありました。

11試合のうち約半分の5試合は予選落ち。ですが、予選を通ったときには、最終日でスコアを伸ばせていたので、気持ちに余裕を持てればイケる!という手ごたえを得ました。トップ10フィニッシュが5試合ありましたが、すべての試合で調子が良かったわけではなかった。気の持ちようで、プレーをマネジメントするときの頭の使い方が変わるので、もう少し自分をコントロールできなければ…と考えています。

成績だけみれば“ムラがある”と言われてしまうかもしれませんが、これもフル参戦してみないとわからなかったこと。過去2年間は、久々の出場チャンスで気合を入れすぎて空回り…というケースが多かったので、継続して試合経験を積むことが一番進歩に繋がるということが実感できましたね。

2018年はレギュラーツアーにも2試合出場しましたが、『AbemaTVツアー』の経験があったことで、2戦目の「フジサンケイクラシック」では、予選通過はなりませんでしたが、必要以上に気負わなくなっていましたから。

「フジサンケイクラシック」ではドライビングディスタンスで圧巻の342.25ヤードを記録。飛距離が魅力とゴルフファンに知られていますが、自身の強みと課題は?

ほかの選手より、2打目を短い距離から打てるのは強みです。ですが、意外と器用貧乏といいますか、無駄なジャッジをしてしまうことが多いんです。強みと欠点が裏表になっているので、上手く活かせるようになれればと思っています。

あくまで理想ですが、タイガー・ウッズのプレーは憧れます。タイガーはずっとドライバーを振り回しているわけではなく、ときにティショットをアイアンで打って良いポジションに置き、どんな距離でもビタッと寄せてくる。僕は最後のところでチャンスを創れていませんが、飛距離があるぶん、同じように攻め方の選択肢を増やすことができるので、磨いていきたいですね。

“将来は海外で通用するような選手へ”と期待される声も多いですが、今後の目標を聞かせてください

最終目標は、米国ツアー参戦で海外メジャー大会に出場すること。ですが、日本で結果を残せなければ、米国で勝つことはできない。まずは日本ツアーでの優勝を明確に頭に思い浮かべられるようにならないといけません。器用さを磨くことも大切ですが、小さくまとまりたくはない。これまでどおり、アグレッシブなプレーをしつつ、頭のいいゴルフができるような技術を身につけられるように頑張ります。

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